僕がいない場所 JESTEM |
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| 寸評 | 親に見捨てられ、周囲とも折り合いがつけられない少年は、他者との交流を拒みひとりで生きることを選ぶ。しかし寒そうな晩秋、野宿したり毛布や暖や食料もほとんどない状態では、強い意志であっても生き抜けるとは思えない。 |
| ポイント | ★★ |
| DATE | 07/10/15 |
| THEATER | シネマアンジェリカ |
| 監督 | ドロタ・ケンジェルザヴスカ |
| ナンバー | 208 |
| 出演 | ピョトル・ヤギェルスキ/アグニェシカ・ナゴジツカ/エディタ・ユゴフスカ/パヴェウ・ヴィルチャック |
| 批評 | ネタばれ注意! 結末に触れています 親に見捨てられ、周囲とも折り合いがつけられない少年は、他者との交流を拒むゆえにひとりで生きることを選ぶ。孤独こそが友人、世間とのかかわりは生きていくために必要なものを手に入れるときに限る。ここに描かれているのは大人たちの恐るべき無関心。確かに大人には浮浪児の面倒を見る余裕などないかもしれない。だからこそ彼は大人に伍して生きていく知恵と力をつけていく。しかし、寒そうな晩秋、林で野宿したり毛布や暖もなく食料もほとんどない状態では、いかに強い意志を持った子供でも生き抜けるとは思えない。 孤児院を脱走し家に戻ったクンデルは、母親が若い男とベッドで寝ているところに出くわす。母の下を去り川べりにうち捨てられた廃船に住み着いたクンデルの元に、酒に酔った少女が訪れる。 ほとんど人がいない街で地元の子供たちに追いかけられるクンデル。おそらく彼の母親は売春や麻薬で服役し、親権を失ったのだろう。せっかくクンデルが戻ってきても、もう戻ってくるなと彼を突き放す。一方で少女と心を交わすようになるうちに、かたくななクンデルの心が少しだけほぐれ、詩人になりたいという夢を語るようになる。希望の見えないストーリーに唯一光が差した瞬間だった。 結局、クンデルは少女の姉の通報で警察に保護される。彼の叫びは届かず、再び孤児院に連れ戻される。そこではもはやクンデルは自分の名前さえ捨て、かたくなに名乗ることを拒む。大人や社会に対する不満というより絶対的な不信が、クンデルに仮面をかぶって生きていくことを決心させる。心を閉ざした少年が希望を取り戻すのではなく、さらに厳重に鍵をかけてしまう。時代は変わっても、子供はいつも「大人はわかってくれない」と思い続けているのだ。そんな救いのない物語に不釣合いな明るく優しい気分にさせてくれる音楽だけが、詩の世界に生きようとするクンデルの意志を雄弁に語っていた。。 [http://www.otello.com.ua/:title=↓メルマガ登録はこちらから↓] |