チャーミング・ガール |
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| 寸評 | カメラは一人暮らしのヒロインの日常生活のディテールを執拗なまでに丹念に追うが、彼女の表情は硬いまま微笑みすら見せない。あらゆるシーンが無駄に長く、それが彼女の内面に踏み込むために必要な時間とは思えず退屈だ。 |
| ポイント | ★* |
| DATE | 06/10/11 |
| THEATER | シアター・イメージフォーラム |
| 監督 | イ・ユンギ |
| ナンバー | 173 |
| 出演 | キム・ジス/ファン・ジョンミン// |
| 批評 | ネタばれ注意! 結末に触れています 植物と飼い猫の世話が終わるとテレビを見ながらひとりの食事、勤務先でもそつなく働き友人ともうまく付き合っている。カメラは一人暮らしのヒロインの日常生活のディテールを執拗なまでに丹念に追う。しかし、彼女の表情は硬いまま微笑みすら見せない。それは何らかのトラウマを抱かえいまだそれを乗り越えていないことを暗示するのだが、彼女が発する負のオーラが強すぎて映画自体を非常に暗いものに貶めている。あらゆるシーンが無駄に長く、たとえばヒロインのアップが1分を超え、その間まばたき以外に表情の変化はない。それがカメラが彼女の内面にまで踏み込むために必要な時間ならまだしも、退屈以外の何ものでもない。 郵便局に勤めるチョンヘはレイプされた心の傷と死んでしまった母親の思い出に浸りながらひとりで生きている。それは何の変哲もない日常だったが、ある日、よく郵便局に来る作家志望の男に思い切って声をかける。 「間」というものは激しい動きの中でこそ生きてくる。めまぐるしく展開する物語ならば適度に間を持たせることで緊張を緩める効果があるし、北野武作品のように間に濃密なメッセージを込めることもできる。この作品の間は、ただフィルムを消費しているだけ。そこからヒロインの心理の忖度し行間を読むという意図は汲み取れず、上映時間稼ぎのために長いショットを多用しているとしか思えない。だいたいヒロインの日常描写でキャラクターを説明するのは5分で十分だろう。それを冒頭から30分以上かけるのは、いかに描くべきエピソードがないかを自ら告白しているようなものだ。 確かにチョンヘの孤独とそれを他人に悟られまいとするすさまじいまでの葛藤は、彼女の無表情から痛いまでに伝わってくる。感情を押し殺すことでかろうじて保っている精神のバランス。そして感情を爆発させたことで得られた希望と安寧。だが、そこに至るまでにもっとエピソードを盛り込みストーリーを展開させるべきだろう。物語を紡ぐ意思が希薄な作品だった。 [http://www.otello.com.ua/:title=↓メルマガ登録はこちらから↓] |