レディ・ジョーカー |
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| 寸評 | 長大な原作をつまみ食いしただけの脚本のせいですべてのエピソードが中途半端。原作には映画的興奮をもたらす場面がいくつもあったのに映画化ですべて捨て去るとは何たる失態か。原作の知名度だけに頼った典型的な失敗作だ。 |
| ポイント | ★* |
| DATE | 04/12/14 |
| THEATER | 新宿スカラ3 |
| 監督 | 平山秀幸 |
| ナンバー | 147 |
| 出演 | 渡哲也/徳重聡/吉川晃司/國村隼/大杉漣/吹越満,加藤晴彦 |
| 批評 | ネタばれ注意! 結末に触れています 長大な原作をつまみ食いしただけの脚本のせいですべてのエピソードが中途半端に終わり、原作を読んでいないと何のことかわからないだろう。原作者の高村薫の顔色をうかがっているのだろう、多様な登場人物を登場させてはいたずらに混乱させる。小説なら長さを気にせず人物像も細微に表現できるが、時間的制約のある映画では思い切って要素を切り捨て整理する必要があるはず。いったいこの映画は誰に向けて作っているのだろうか。高村薫か石原プロか。観客でないことは確かだ。 レディ・ジョーカーと名乗るグループがビールメーカーの社長を誘拐、解放する。その後、ビールに異物を混入するというやり方で脅してカネを奪う。一方警察は、組織を上げて犯人グループの捜査にあたるが、一向に成果が上がらない。そのうち警察内部に共犯者がいることが発覚する。 映画化するにあたって、犯人側か警察側のどちらかに焦点を絞るべきだ。そしてどちらかといえば、やはり20億円という大金をいかにして犯人側がまんまとせしめたかに興味はあるだろう。Nシステムがない道路を走行し、王冠に穴をあけて瓶ビールに異物を混入させ、さらに現金の受け渡し時に警察をだますために使ったトリックなど、原作には映画的興奮をもたらす場面がいくつもあった。それを映画化するにあたってすべて捨て去るとは何たる失態だろうか。 犯人グループのリーダーが被差別部落出身でその昔ビール会社を浅からぬ因縁があったとか、警察内部のどうでもいいような出世争いなどは描いているくせに、肝心の犯人グループ名「レディ・ジョーカー」の名前の由来のエピソードを削除しているに及んでは開いた口がふさがらない。いくら渡哲也扮する主人公が「しわ寄せはいつも弱いものに来る」などといっても、まったく空々しく聞こえてしまう。原作の知名度だけに頼った典型的な失敗作だった。 [http://www.otello.com.ua/:title=他の新作を見る] |