こんな映画は見ちゃいけない!

キッチン・ストーリー SALMER FRA KJOKKENET

キッチン・ストーリー
寸評 人間の手仕事を機械にやらせることによって、人間から人間らしさを奪っていることへのささやかな反乱。初老の2人の男たちの交流が友情に変わるまでそれほど時間はかからない。そこには人間らしさの復権が高らかに宣言されている。
ポイント ★★★
DATE 04/7/1
THEATER BUNKAMURAル・シネマ
監督 ベント・ハーメル
ナンバー 77
出演 ヨアキム・カルメイヤー/トーマス・ノールストローム/レイネ・ブリノルフソン/ビョルン・フロベリー
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

やはり人間と人間、コミュニケーションなしでは窒息してしまう。たとえそれが禁じられていても、狭いキッチンの中、2人きりで長時間いるとどうしても相手に話し掛けずにいられない。孤独な初老の男同士、相手が嫌いではなければ規則など同でもよくなる。そんな人間的なふれあいが心に染みる。

'50年代初頭、独身男性の家事労働を軽減するための調査と称してキッチンでの動向調査を命じられたフォルケ。彼の担当するイザックは気難しい老人で、一切協力しようとしない。それでも調査対象と一切の会話・交流を持ってはいけないという決まりの元、フォルケは監視台の上に座りつづける。しかし、タバコを切らしたイザックに自分のタバコを渡したことから、2人は口をききはじめる。

言葉を交わさない2人のやり取りはコミカルで小さな笑いを誘う一方、孤独な独居老人の悲哀もうかがわせる。時折訪ねてくるグラントという友人のほかには病気馬しか話し相手がいないというイザックの屈折した思い。フォルケも見回りに来る上司以外は言葉を交わす相手がいない。そういう状況下でも会話を禁じる非人間的な機械文明に対する強烈な皮肉がこの作品にはこめられている。人間の手仕事を機械にやらせることによって、人間から人間らしさを奪っていることへのささやかな反乱。2人の交流がタバコからコーヒー、それがやがて酒になり誕生日のケーキになるまでにそれほど時間はかからない。そこには人間らしさの復権が高らかに宣言されている。

ただ、グラントはなぜフォルケを殺そうとしたのだろうか。グラントにとっても唯一の友人だったイザックをフォルケに取られたと思って嫉妬したのだろうか。そして、仕事を投げ出してイザックの元に戻ったフォルケは、グラントからのコールを聞いた後、コーヒーカップを3つではなく2つだけ用意する。この意味はなんなのだろう。妙に意味深なラストシーンだった。