TAIZO |
|
![]() |
|
| 寸評 | 泰造の写真に対する思いにもう一歩踏み込んだ取材がなされておらず、過去に出た話の焼き直しばかり。監督が過去の資料を確認しているだけなのだ。その過程で少なくとも今までに語られたことのない泰造像をつむぎだすべきだった。 |
| ポイント | ★★ |
| DATE | 03/11/25 |
| THEATER | |
| 監督 | 中島多佳子 |
| ナンバー | 149 |
| 出演 | |
| 批評 | ネタばれ注意! 結末に触れています 直前に一ノ瀬泰造の母親が泰造の思い出を切々と語るのを聞いたせいで、泰造に対する思い入れは盛り上がったのだが、はたして映画そのものはテンションをそれ以上上げることはできなかった。 '73年、カンボジア内戦の最中命を落としたフォトジャーナリスト・一ノ瀬泰造。戦場を撮りつづけてきた彼の足跡、人となりを彼を知る生存者を日本のみならずベトナム、カンボジアにまで、中島監督が訪ね歩いて聞き出す。インタビューを受けた人たちは皆、泰造の写真に対する熱い思いを語る。泰造は向こう見ずだとか、人見知りをするが子供にはすぐ打ち解けたとか。また、彼が友人知人両親に宛てた手紙などから、彼がどんな思いを持ってシャッターを押し続けたかを明らかにしていく。 しかし、そういった泰造の思いに対してもう一歩踏み込んだ取材がなされていない。過去に出た話の焼き直しばかりだ。この作品を発表するにあたって彼に関する新事実が明らかになったというのなら映画にして公開する価値はあるのだが、そういう部分もない。ただ、監督が過去の資料を確認しているだけなのだ。その過程で少なくとも今までに語られたことのない泰造像をつむぎだすべきだ。たとえば食い逃げの常習だったとか、女にだらしなかったとか。要するにこの作品は泰造の伝説をさらに神話にしようとしているだけなのだ。さらに致命的だったのは、泰造の気持ちを知る上でのキーポイントとなる出来事を浅野忠信の映画に頼っていることだ。浅野が演じた泰造のもうひとつの顔を取材で明らかにしなければ、映画を作る意味はないだろう。 もちろんこの作品を取り上げるまでにはたいへんな苦労があっただろう。監督の熱い思いはよく分かる。それでもカネを取って一般公開するレベルに達していないことは明白だ。地方の公民館や学校の文化祭などで自主上映するならまだしも、映画館で通常料金を取って公開すべきではないだろう。 |