こんな映画は見ちゃいけない!

ライフ・オブ・デビッド・ゲイル THE LIFE OF DAVID GALE

ライフ・オブ・デビッド・ゲイル
寸評 執行3日前の死刑囚から冤罪の訴えを受けたジャーナリストが、残された時間の中で真実を探ろうとする。死刑囚の訴えは本当なのか。ただの延命行為なのか。しかし、この結末にはだまされたという感じはぬぐえないだろう。
ポイント ★★*
DATE 03/7/29
THEATER 新宿文化シネマ
監督 アラン・パーカー
ナンバー 95
出演 ケビン・スペイシー/ケイト・ウィンスレット/ローラ・リニー/ガブリエル・マン
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

執行3日前の死刑囚から冤罪の訴えを受けたジャーナリストが、残されたわずかな時間の中で真実を探ろうとする。死刑囚の訴えは本当なのか。それともただの延命行為なのか。彼の話を元にジャーナリストはもう一度罪状となったレイプ殺人事件を検証する。

この作品の根底にな流れているのは「死刑廃止運動」だ。死刑囚・ゲイルは死刑撤廃運動の活動家で、レイプ殺人の被害者も彼の同僚。そこに第3の男が絡む。人権派ジャーナリスト・ビッツィーはわずかな手がかりを元にした取材活動とゲイルの証言を元に、ゲイル冤罪説を構築する。途中、犯行現場を移したビデオがビッツィーに届けられたりして、彼女は冤罪の確信を深めていく。その後、話は二転三転してあっと驚くどんでん返しの結末が用意されている。

ここまでして人間は自分の信念に命をかけられるものだろうか。死刑廃止運動に行き詰まりを感じた運動家、自分の名誉を守りたいと思う元大学教授。特にゲイルはスペイン人の下に逃げた妻はさておき、息子にだけは潔白を証明したかったのだろう。それが命をかけるの値することなのだろうか。彼らの信念や名誉に基づく行動に百歩譲って理解を示すことは出来ても、ジャーナリストを利用するのはいかがなものか。

後味が悪いのは、この2人が命をかけて演じた茶番劇にビッツィー=観客がまんまとだまされてしまうことだ。ビッツィーの行動はすべて彼らが描いた絵のとおり。要するに彼女たちは50万ドルを払った上、彼らの活動にいいように利用されただけなのだ。もちろん、観客には「リューのアリア」をたびたび聞かせることで、自分の命と引き換えに他人の命を救う話であるということをヒントとして暗示している。しかしほとんどの客は「トゥーランドット」など知らないのだろうから、だまされたという感じはぬぐえないだろう。