マイ・ビッグ・ファット・ウェディング MY BIG FAT GREEK WEDDING |
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| 寸評 | 排他的な社会を形成しているシカゴのギリシア人移民の娘が、米国人青年と結婚するまでをコミカルに描く。しかし、移民が受ける偏見を皮膚感覚として体験していない人間が見ても共感は得られないだろう。 |
| ポイント | ★★* |
| DATE | 03/7/19 |
| THEATER | 渋谷シネパレス |
| 監督 | ジョエル・ズウィック |
| ナンバー | 90 |
| 出演 | ニア・ヴァルダロス/ジョン・コーベット/レイニー・カザン/マイケル・コンスタンティン |
| 批評 | ネタばれ注意! 結末に触れています かたくなに自分たちの文化習慣を守り、排他的な社会を形成しているシカゴのギリシア人移民。親戚・身内はすべてギリシア系で、子供もころからギリシア語を習わせられる。そんな中でもかなり保守的な父親を持ったヒロインが非ギリシア系アメリカ人と結婚するまでのどたばたを描く。大家族的で家長が絶対的な決定権を持つギリシア人の生活様式を細かく描き、時に彼らの風習をデフォルメしてコミカルな要素もふんだんに取り入れている。 別にギリシア人に限ったことではないが、アメリカにおける移民社会は結束が固い。この作品では父親の代に移住してきたのだろう。それでも3世代目ぐらいまでは何とか民族のアイデンティティは保てるが、それ以後はこの作品のヒロイン・トゥーラのように他民族と交わるようになるのだろう。そういう事態を防ぐべくトゥーラの父親は奮闘する。ことあるごとにギリシア語源の単語を口にし、ギリシア民族の優位性を説く。 そういうまだまだ祖国に未練を残している移民第一世代と、アメリカ生まれの第二世代以降の葛藤がこの作品の根底にある。第二世代は自分はギリシア系ではあるがアメリカ人という気持ちが強い。ギリシア人であり続けようとする父親世代とのギャップはあらゆる移民社会に共通するからこそ、この作品がアメリカで受け入れられたのだろう。別に中国人社会でもアラブ人社会でもインド人社会でもよかったのだろうが、あらゆる西欧文明の源となるギリシアの文化を知ることは、アメリカの白人にとってはルーツを探る思いになるのだろう。だからこそ、マイノリティのコミュニティだけでなく広く一般のアメリカ人にも受け入れられて、ヒットしたのだ。 しかし、日本生まれで日本で育った人がほとんど日本人には、彼らの気持ちはわからない。想像はつくが、皮膚感覚として移民が受ける偏見の体験がない人間には、深いところでは共感は得られない。 |